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広島高等裁判所 昭和47年(ネ)86号 判決 1975年12月23日

控訴人 阿部幸作

被控訴人 日本電信電話公社

訴訟代理人 川井重男 中川康徳 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  被控訴人が公衆電気通信業務およびこれに附帯する業務を行う法人であること、控訴人が昭和二五年四月電気通信省に職員として採用され、同二七年被控訴人が同省の業務を引き継いだ際、被控訴人の職員として引き続き勤務してきたこと、控訴人が公務執行妨害、傷害罪により懲役八月、執行猶予三年の判決をうけ、昭和四二年一二月二一日それが確定するにいたつたので、被控訴人は、公社規則五五条一項五号に基づき、同四三年一月五日付をもつて、控訴人に対し本件免職処分を行い、同月七日控訴人にこのことが通知されたことは、当事者間に争いがなく、かつ、本件免職処分は前記公社規則のほか公社法三一条三号に基づいて行われたものであることが、弁論の全趣旨により明らかである。

二  そこで、本件免職処分の効力について考察することとする。

(1)  控訴人は、公社規則五五条一項五号の規定は、公社法三一条三号に違反するから、右規則を適用してされた本件免職処分は無効であると主張する。

<証拠省略>によると、公社規則五五条一項五号は「禁錮以上の刑に処せられたとき」はその職員を意に反して免職することができる旨定めるとともに、その場合、「職員の休職、免職、降職および失職について」と題する昭和三二年四月八日付電職第一四九号の依命例規によると、「公社より排除(懲戒免職、意に反する免職または辞職の承認)するものとする。ただし、特別の事情により引き続き勤務させることが必要であると認めた場合において、……総裁の承認を受けたときは、この限りでない。」と定められていることが明らかである。

ところで、公社法三一条三号は「その職務に必要な適格性を欠くとき」はその職員を意に反して降職し、または免職することができる旨定めているが、右規定が抽象的であるため、前記公社規則および例規はその客観的、合理的な解釈、運用を確保するための基準と手続を定めるものであつて、もとより公社法所定の分限事由以外の新たな分限事由を加えるものではないし、また「禁錮以上の刑に処せられたとき」には一律に公社法三一条三号により免職処分する趣旨を定めたものでないこともその文言に照らして明らかである。

従つて、公社規則五五条一項五号の規定は、公社法三一条三号に違反するものでないから、その違反を前提とする控訴人の前記主張を採用することはできない。

(2)  公社法三一条三号にいう「その職務に必要な適格性を欠くとき」とは、当該職員の容易に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因して担当職務ないし公社の円滑な運営に支障が生じ、または支障を生ずる高度の蓋然性がある場合をいうものと解すべきである。

そして、公社法三一条は、分限事由を制限列挙して、これに該当しない限り、公社は職員を意に反して降職したり、または免職したりすることができない旨定めており、休職に関する同法三二条、懲戒に関する同法三三条とあいまつて、職員の身分を保障するものであるから、同法三一条三号にいう「その職務に必要な適格性を欠くとき」に該当するかどうかについては、もとより恣意的な判断は許されず、その不適格を徴表する具体的事実に基づいて客観的に判断すべきであり、とくに、職員の分限免職にあたつては、慎重なる判断を要求されるものと解すべきことはもち論である。

ところで、右の不適格性を徴表する具体的事実は、通常、職員の職場内または職務遂行に関係ある行為に徴表されることが多いであろうが、右行為のみに限られるものではない。企業が実社会において維持、発展するためには、それにふさわしい社会的評価を常に保持しなければならない。とくに、被控訴人は、かつて国家行政機関が担当してきた電気通信等の業務を引き継いで経営し、より合理的かつ能率的な運営により公共の福祉を増進することを目的として設立された法人であり(公社法一、二条参照)、その事業の規模は全国的で高度の公共性を持つ職務柄よりして、社会一般が右事業の運営内容やあり方について期待感をもつと同時に厳しい批判の眼を向けることになるから、公社職員としては、その企業体の一員として、事業の円滑な運営を確保するとともに廉潔性の保持に努め、反社会的行動にでないように十分心掛けるべきであつて、この点一般私企業の従業員に比較して、より厳格な規制をうけるものといわねばならない。

控訴人は、これに関連して、公社と職員との勤務関係は私法上の雇傭関係である旨主張する。なるほど、公社は国家行政機関でなく、かつ電気通信事業等の経済的活動を営むものであつて、公権力を行使するものでないことなどに徴し、公社と職員との勤務関係はその性質において私法上の雇傭関係とみて妨げないであろうが、そのために前記判断を左右することはできない。

右の観点にたつて考察するに、<証拠省略>および弁論の全趣旨によると、控訴人は公務執行妨害、傷害の罪を犯し(その詳細は原判決一六枚目表三行目の「昭和三六年二月」とあるのを「昭和三六年一一月」と訂正のうえ、同所から一七枚目裏の終りから四行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。)、そのため懲役八月、執行猶予三年の判決をうけ、右は昭和四二年一二月二一日確定したことが認められる。<証拠省略>中、右認定に反する部分は措信することができない。

(被控訴人は、有罪判決が確定している以上、再審以外の方法によつてその判決が認定した犯罪事実の不存在を主張することはできない旨争うが、本来刑事裁判における判断内容は民事裁判所を拘束する効力を有しないのが建前であるから、にわかに右主張に賛同することはできない。もつとも、確定の有罪判決がある場合においては、その判決において認定された犯罪事実が真実であるとの事実上の強い推定をうけることはもち論であるから、この点も考慮に入れて前記のとおり認定した。)

そうすると、本件犯行は、警察側において、警備活動が万全でなかつたなどの事情が認められるが(<証拠省略>)、多数人が共謀して一人の警察官に対して暴行を加え、現実に職務の執行を妨害する結果を生じさせるとともに傷害を負わせたものであつて、その罪質、態様も軽微であるとはとうてい言えない。控訴人は右犯行に加功し、警察官の腕をとつてOS劇場ホール内にひきずり込むといつた行動に出ており、その反社会性を看過することはできない。

もつとも、<証拠省略>によると、控訴人は、公社に勤務してから引き続き下関電報局において有線通信職として主に電報電話の送受信の職務を担当し、その間管理職に就いたことはなく、かたわら山口県立下関西高等学校定時制夜間部、市立北九州大学外国語学部米英学科をそれぞれ卒業し、高等学校教諭二級普通免許と中学校教諭一級普通免許を取得しており、本件刑事々件による起訴休職を解かれて職場に復帰した約一年二月の期間何らの支障なく職務を遂行したこと、職場の同僚などから控訴人の職場復帰を要望されていること、控訴人が前記執行猶予期間を無事に経過したことなどが認められるが、他面<証拠省略>および弁論の全趣旨によると、控訴人は本件犯行前である昭和三六年三月二五日付で六か月間にわたり基本給の十分の一を減ずる懲戒処分をうけ、さらに本件刑事々件による起訴休職中である昭和三八年三月八日付で一か月間前同様の割合による減給処分をうけていることが認められ、以上の事実を総合すると、被控訴人が公社法三一条三号および公社規則五五条一項五号に基づいて控訴人に対し本件免職処分を行つたことはやむないものであつて、裁量権を逸脱した違法があるとはいえない。

(3)  控訴人は、本件の場合、被控訴人は懲戒に関する公社法三三条による処分を行うべきであつたのにかかわらず、適用すべき法規を誤つて、分限に関する同法三一条によつて本件免職処分を行つた違法があると主張するが、前記認定のとおり控訴人は同法三一条三号にいう「その職務に必要な適格性を欠いたとき」に該当するのであるから、適用すべき法規を誤つた違法は何ら存しない。

次に、控訴人は、被控訴人が職場外における刑事々件を原因とする処分について、あるいは公社法三一条を適用したり、あるいは同法三三条を適用したりするが、これは法の下における平等の原則や法定手続保障の原則に違反すると主張するが、前記各法条所定の事由が具備している以上それに応じた処分が行われることは、特段の事情のない限り、何ら差支えないわけであつて、本件弁論に顕出された資料をもつて控訴人主張のような違法を肯定することはできない。

なお、<証拠省略>によると、公社職員で禁錮以上の刑に処せられた者のうち、自動車事故による業務上過失致死、同傷害事件(ただし道路交通法違反事件を含む)を犯した者は、免職ないし辞職承認の形式で身分を喪失したものより、むしろその他の処分をうけたに過ぎないものが多いことが認められるが、罪質を異にするので、本件の場合と比較するのは適当でなく、その他の罪を犯した者については、そのほとんどが免職処分をうけている(昭和三七年九月から昭和四一年九月までの期間における被処分者五四名のうち五二名が免職処分をうけている。)ことが認められるから、控訴人に対する本件免職処分が過酷であるとか、また他の事例に比較して均衡を失し、法の下における平等の原則に違反するものであるなどとは言えない。控訴人は、同様の事案について一件でも控訴人より軽い処分例がある限り、本件免職処分は法の下における平等の原則などに違反すると主張するが、これは全体的に考慮すべきものと解されるから、控訴人の右主張は採用することができない。

(4)  控訴人は、本件免職処分は思想、信条の故に不当な差別扱をしたものであつて、憲法一四条、一九条および労働基準法三条に違反して無効であると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、控訴人は公社法三一条三号にいう「その職務に必要な適格性を欠いたとき」に該当するので本件免職処分をうけたものである。本件免職処分が思想、信条による差別扱であることを肯定すべき証拠はない。

従つて、控訴人の右主張も採用することができない。

三  以上のとおりであつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田信夫 高山健三 武波保男)

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